![]() ベルリンの壁がなくなって20年たしかに多くの問題も解決されていない ただ当時西ドイツの法律が及ばないベルリンには徴兵から逃れてきた若者や東ドイツから亡命してきた人達も多くいた。 全て自由というものを手に入れるために犠牲を払ってベルリンに集まってくるのである。自由の意味を履き違いた平成の若者とは違うのだ。ただそれを持続させるのは難しい。 アルコールや薬物に落ちるものも少なくなかった。 ![]() 落書きとアートの違いは定かではないが稚拙な心無い 書きなぐったような落書きの上にはすぐ上書きされる もちろん16センチ幅のコンクリートの反対側はなにも書かれていない *** 空間を遮るものを壁や塀、垣根、柵などの言葉で表される この中でやはり「壁」というのは特別ではなかろうか 壁は心さえ遮断するものだから
ベルリンに向かったのは友人はベルリン750周年記念の一環で数箇所で演奏会をするのを見に行くためであった。たったそれだけのことでロンドンからいってみようなんて実に私も若かったんであろうか。
もしかして金と行動力は反比例するのではなかろうか?ほとんどお金がなく時間は誰も買ってくれないのに売るほどあったのだが ベルリン行きの飛行機の手配をすませヒースロー飛行場までいったら ここではない!ガトウィック飛行場だと言われ惨めに引き返し翌日のフランクフルト便に変えてもらい、さらにそこから電車でベルリンに入る。 ビザは電車の中でもらえる。 厳重な国境を越えて夜遅くベルリン・ツオー駅に到着する カメラはcanon F-1 24mmと80-200のズームレンズ2本フィルムモノクロ・カラーあわせて数本 ![]() ![]()
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